大阪生活

大阪生活の記録

迷いと決断について

選択をするごとに可能性がひとつ、またひとつと指の隙間から流れ落ちていく。あの時右でなく左の道を選んでいたら怪我をしなかっただの、この会社でなくあの会社を選んでいたらもっと幸せだっただの、人生は小さな後悔の積み重ねで成り立っている、と考えるようになったのはいつからだろう。正しい選択をしたことはすぐ忘れる割に、些細なミスや自分が被った痛みはいつまでも忘れられない。

ぼくにとって仕事は生活の一部だ。会社で良いことがあれば家でも上機嫌で、逆にミスをしたときにはよく眠れなくなったり酒の量が増えたりする。私生活も同じように仕事に結構な影響を与えているけれど、仕事が私生活に与える影響の方が大きいと思う。

この仕事に就くことを決めたのは大学4年生の頃のぼくだった。当時のぼくは大手企業かベンチャーかで日々揺れていた。そう書くと格好いいが、実際は8月末まで内定は一社たりとも無く、今どきのベンチャー企業の溌剌とした説明会に行ったと思えば、ただ聞こえが良いだけの(=全く業務内容には興味のない)超大手のESに取り掛かったりと節操のない生活を送っていたと書いたほうが正しいかもしれない。いずれにせよ将来に対する明確な理想像などは無く、ただ漠然と毎日満員電車には乗りたくないなぁなどと考えていた。

あれは2015年7月末のこと。大学の期末試験が終わったにも関わらず、ぼくは当時所属していた同好会の部室でESを書いていた。当時、この同好会で内定を持っていない人はぼくだけだった。学生最後の夏休みにはどこに行こうかと話す声が聞こえる。ぼくはESを諦めて冷房の効いた部室から抜け出し、部室棟の屋上へ向かった。グラウンドから野球部の声が聞こえるだけで、屋上はぼくを除いて誰もいなかった。

会社を選ばなければ内定なんていくらでも取れるさと意気込んでいた3月、面接を突破できずに焦りだした5月、既に過半数内々定を獲得し、内々定先の報告会と化した専門ゼミから足が遠のき始めた7月。あの面接でこう答えていたら、あの会社に応募していれば、と過去の自分を責めた。リクルートスーツを着て大学へ向かう自分と、シャツに短パンで仲間と沖縄旅行の打ち合わせをしているあいつ、一体どこで差がついたんだろう。

屋上から近くの喫煙所へ向かい、ポケットから潰れかけた紙巻たばこを取り出す。紫色の100円ライターで火を着けてゆっくりと煙を吸い込んだ。3秒間息を止めてからゆっくり煙を吐き出す。喫煙所から見える大講堂と大きな銀杏が煙越しに揺れていた。

そんな自堕落な日々を過ごすうちに、やがて人生は自分の力ではどうしようもないことがあって、逆らえない物事にいくら取り組んでも消耗するだけだと気づいた。どれだけ努力しても過去の面接の結果をひっくり返すことはできないし、時間を巻き戻してESを訂正することもできない。ただ今を生きて、少しでも自分のためにやるべきことをやるしかないんだ、と自分に言い聞かせた。

その後の就職活動も特に変わったことはしていないが、やがてその半月後にぼくははじめての内々定を手に入れ、半年後には住み慣れた東京から遠く離れた大阪の会社に就職することになる。途中で選考を辞退した会社に入社していたら、きっと今とはまるで違う人生を歩んでいたに違いない。大阪に引っ越すこともなく、新しくできた趣味に大枚の金をつぎ込むことも無かっただろう。そう考えると、就職は人の人生を大きく左右するものだと言えるはずだ。

ぼくにとってこの選択(=大阪の会社に就職する)が正しかったのかは確かめようがない。学生時代の友人達とは疎遠になって、ごく僅かな友人としか連絡を取れずにいる。とは言え、大阪という地で得たものも大きい。新たな交友関係も広がり、学生時代の自分では想像しなかったような生活を送っている。毎週のように日本中を飛び回り、向いていないと思っていた営業という仕事をかれこれ4年も続けている。これが良いことなのかそうでないのかは分からない。自分の理想像とは少しズレた人生を送っているけれど、それでも今日を生きて、明日を生きると決めている。

人生は後悔の積み重ねでできているが、それは忘れてしまった成功体験の裏返しでもあるのだと思う。今ここにいる自分は過去の自分が努力して築き上げた自分でもあるし、いくつもの選択を積み重ねてきたからこそ今の自分がいる。100点満点の人生ではないけれど、70点くらいの人生で良いじゃない。それに今だって数多くの選択肢に囲まれていて、決して自分の道が狭まっているわけじゃない。ここにいるからこそ見えてきた選択肢も確実にあるはずだ。

過去の決断によって今の自分がある。同じように今の決断によってのみ未来の自分は形成される。迷いのない決断は尾を引かずすぐに忘れてしまうし、悩み抜いた末に下した決断はどっちみち後悔するはずだから、そんな些細なことは未来の自分に任せればいい。大切なのは今、目の前にある選択肢をよく吟味して決断すること。就職、転職、退職、結婚、離婚、死別と大きな出来事はひっきりなしにやってくる。自分にできることとそうでないことを見極めて、できる範囲で決断したい。