大阪生活

大阪生活の記録

包丁と鍋と

適当なホームセンターで買った鍋と、切れ味の良さそうな包丁で今日までやってきた。生きている限り毎日楽しく過ごせるわけなんてなくて、気分が沈むときも腹が立つときもある。特に最近は蒸し暑く、朝からこれといってやることもなく、気づくと夕方まで何も食べずに過ごす日もあるわけで、そういった現状を打破すべく意識的に台所に立ち食材に向き合うようにしている。先日美味しいカレーを作るために手にした料理本(生まれてはじめて自分で買った)の掲げる「美味しく」、かつ「短時間で」というコンセプトは今のところしっくりきていて、今まで以上に料理におけるプロセスの最適化を意識するようになった。適度な達成感を味わうことのできる料理という行為は嫌いじゃないかもしれない。

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スパイスを極力減らしたカレー?的な食べ物。煮物と白米という感じ。

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一晩寝かせたケララチキンカレー。チーズをかけりゃ大抵美味くなる。

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オイスターソースとナンプラー、それに豆板醤で完全なガパオライスが完成する。

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良さげな器に盛り付けたバターチキンカレーにココナッツミルクを加えた。愉悦。

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シンプルなキーマカレー。塩分とスパイス控えめでも肉の旨味で万事解決。

カレー以外にも青唐辛子の佃煮を作ってみた。以前書いた「いちや」の付け合せで出てきたようなものを目指したけれどちょっと違った。方向性としては間違っていなかったが、なにせ水分量が少なすぎた。次回に期待したい。

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八幡市あたりで買ってきた青唐辛子。たくさん入って100円。

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決して目を擦ってはいけない。

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醤油と味醂ゴマ油で炒めて、WECKの瓶に詰め込めば完成。

仕事みたいに責任を負わずに済む料理は好きだ。美味しいし、味変だって好きなタイミングで可能だし。下準備を効率よくこなせるようになったし、Aという作業に移るためにBを適切なタイミングで切り上げ、Cという準備を同時並行で進め……とあれこれ考えながら手を動かすのが面白くて。優先順位付け、準備と片づけを並行して進めて、在庫確認及び棚卸し(=冷蔵庫の中の食材の状況)、調達(=買い物)。つまり現場作業(=調理)のことだけ考えていても全然間に合わないわけだ。

金とか派閥とか納期とか、そういうのから距離を置いて目の前の食材と包丁と鍋に向き合うことのできる料理という行為。できれば続けていきたいが、果たしてどうなることやら。

煙草の記憶

ひとり煙草を吸っていると、ふと頭によぎる記憶がある。それは午前5時の中池袋公園で、当時ぼくは大学の一年生で、オール明けでやたら重くなった目で、場当たり的に選んだメントールタイプの煙草を吸った記憶だ。
僕には櫻庭という友人がいる。当時彼は家族と不仲だった僕を気遣ってくれて、家に泊めてくれたり何かと付き合ってくれた。その夜も池袋で集合し、当時まだ24時間営業だったジョナサン東池袋店で夜を明かした。最近あった出来事や両親への不満、異性の話までよく会話が尽きなかったと思う。お互いに駿台予備校で一年過ごしていたこともあり、大学入学とともに20歳を迎えていたので、深夜のテンションで煙草を吸ってみようという流れになった。
会計を済ませ中池袋公園へ移動し、近くのファミマで煙草を買った。二人で割り勘した記憶もある。期待に胸を踊らせつつ、苦労して煙草に火をつけて(息を吸いながら火を付けるなんて知らなかった)、全く美味くない煙を肺いっぱい吸い込んだ。
季節は夏過ぎだろうか。冷房の効いた店内から外に出たときのムワッとした空気を唐突に思い出した。お世辞にも澄んでいるとは言えない池袋の空気だが、昼間の喧騒と比べれば嘘のような静けさの中、公園で休憩しているサラリーマンと肩を並べているのが少し誇らしかった。20歳とはいえまだ子供以外の何物でもなかった自分が、煙草を吸っただけで大人に近づいた錯覚さえあった。
僕にとって東京は学生時代に過ごした街だから、仕事で東京に行くと昔のことを思い出す。歌舞伎町で働いてたときに大井町という地名はよく耳にしたなとか、CMの撮影を終え、ロケバスで早朝の渋谷駅に下ろされたときの倦怠感とか、深夜の高田馬場で雨の中泣きながら線路脇を歩いた記憶とか、とにかく東京という街には多くの思い出が染み付いている。東京で働いていたらノスタルジーな街にはならなかったはずなのにな。高校時代、大学時代、会社員時代と過ごした街が違うから、それぞれの街に思い出が染み込んでいて上書きが難しい。
川越を歩けば恋愛サーキュレーションと生徒ホールとナカノパンを思い出し、江古田を歩けば音大(?)時代の部室と図書館を思い出し、それこそ池袋を歩けば自習室と7階で過ごしたあの頃の一日を思い出す。
今や大学近くの煙草が吸える喫茶店は概ね禁煙になり、工事中だった駿台近くの南池袋公園はお洒落なカップルのための場所へと姿を変えていた。時間が経つごとに思い出は薄れていき、思い出の染み付いた街もまた変わっていく。"時は人を変える 変わっていく"とあるように、当時の僕や友人たちと現在の我々との間にもまた大きな距離があり、同じ場所に同じメンバーで集まったとしても当時と同じように楽しめるかは分からない。おそらく無理だろう。

それでも僕は未だに未練たらしくあの早朝の池袋の空気を思い出す。また櫻庭と二人で中池袋公園近くのジョナサンに陣取り、朝まで喋ってから公園で煙草を吸いたい。無理ならせめて明け方の公園で煙草を吸わせてほしい。だから僕を早く東京に戻してほしい。

またこうして一日が過ぎる

気分の浮き沈みはここ最近落ち着いていて、仕事に私生活をかき乱されることなく静かに生きていた。今日は体調不良で会社を休み、ベッドの上でおもちのように横になりながら寝たり起きたりを繰り返し、起きているときには窓の外を眺めていた。雨が降り風が吹き、やがて空が水色とオレンジ色に染まっていくのを薄茶色のカーテン越しに感じていた。

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ここ数日のことを振り返ってみる。先週末の連休には買ったばかりのosmo pocketを手にレイトショーへ足を運び、深夜の映画館から駐車場までを超ハイテンションで撮影して楽しんでいた。一方、連休明けの今日はなんもうまくいかん。意識を失っているときに届いたメールや電話が原因か、今はとにかく辛い。明日のタスクを書き出したことで若干気分は改善されたものの、コンビニで買った安酒に流れてしまう自分が情けない。

自分は言葉の解像度が低く、あれこれ推敲し類語を調べることで、ようやく自分の気持ちを言語化できるような人間だ。だから何事も紙やメモ帳を使って、自分の脳内を言語化することでしかモヤモヤを解消できない。そもそもモヤモヤというのは言語化する以前の、未分化状態の感情の塊なわけで、分類して箇条書きすれば案外モヤモヤ加減を小さくすることができると気づいた。この文章は箇条書きではないけれど、自分の備忘録のようなものなのでただ思いつくままに書きつらねている。こういった文章を書くのは自分にとってすごく救いになっていて、酒を飲んでぼんやりした状況の頭の中をクリアにするのに一役買っているし、書き上がったあとは気持ちよく寝られる。文章を書くのはモヤモヤを翌日に持ち越さないために必要なプロセスなのかなぁ、と考えている。

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雨が降ったり止んだりの中、なんとか登りきった。EOS6D+EF50mm f/1.8

そういえば先週末に山に登ってきた。近所の山で、それほど高くない山。車で30分くらい行ったところにある六甲……六甲山?という山。ふるさと納税で手に入れた登山靴を履いて、ぬかるんだ山道を一歩一歩踏みしめて頂上を目指した。体力的に重いレンズは持っていけなかったから、50mmの単焦点一本だけ。余計なものが映らないから50mmは好きだな。帰宅してすぐシャワーを浴び、当日は7時くらいに寝た。

あとすっかり忘れてたけど、カレーも作ったんだった。今回はサバ缶を入れたカレー。

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スパイスを適量入れたらちゃんとカレーになった。EPSON R-D1 ColorSkopar 35mm f/2.5

庭に生えていたパクチーと冷凍庫で眠っていたレモンを添えてみた。前回までトマトとスパイスの量を雰囲気で調整していたのを、今回は本に書いていた通りの分量にしてみた。完全に勝利した。思っていた以上にトマトは少なく、思っていた以上にスパイスの量は多かった。気の向くままに使っていたコリアンダーパウダーがすぐに無くなりそうだったから、追加でamazonで100gのパックを買った。スパイスを適量追加した鍋の中身はすぐに茶色になって嬉しかった。味見したところパワフルなスパイスとちょうどよいトマトの酸味が効いていて大変美味かった。ただ若干サバの臭みがあったから、次回以降はこの点も改善したい。次はココナッツミルクを使う南っぽいカレーを作ってみたい。乞うご期待。

社会人5年目が千と千尋の神隠しを見た

千と千尋の神隠しを劇場で観てきた。この作品を社会に出てから観たのは初めてかもしれない。公開当時は映画館になど行かず、録画されたビデオテープを祖母の家で観た記憶がある。

立場が変われば抱く感想は変わると聞いていたが、千が油屋で働かざるを得ない状況に追い込まれ、無事職を得てから円満退社(?)するまでの経緯はまさに自分が入社してから今日に至るまでと重なる面が多く、自席で静かに感動を覚えていた。

新入社員は歓迎されているとはいえ、最初の印象でその後の人生は大きく変わる。千は幸い第一の関門(釜爺)、第二の関門(湯婆婆)何れも突破して職を得ることができたが、身の振り方一つで湯婆婆に石炭に姿を変えられた可能性も、そもそも釜爺に追い返されて命を落とす可能性もあった。真っ黒くろすけの心を掴むことで釜爺を半ば無理やり味方につけ、坊のドタバタに紛れて契約を勝ち取った。

恐らく千は職を得てから豹変したリンの態度に驚いたに違いない。自分の期待を裏切らずに無事戻ってきた千に、リンは一目置いたのだろう。彼女は千の良き先輩となり世話を焼いてくれるようになった。彼女の元で苦労しつつも仕事を覚え始めた頃、千のもとには大きな障壁が立ちふさがる。オクサレ様と思しき客の世話を押し付けられた彼女だが、自ら血を流し(=泥まみれになりなりながらも機転を利かせ)期待以上の成果を上げることによって周囲に自分の存在を認めさせた。

組織で生きていくには周囲にマイナスのイメージを持たれないことが第一で、その上で任された仕事で血を流すことが必要だ。また各々が組織の中における自分の役割を理解し、その枠組みから逸脱しないような役割を演じることは千にとって当初理解できなかっただろうが、OJTを通してその不文律を感じ取ったに違いない。組織のトップである湯婆婆でさえ、千の活躍はいい意味での誤算だったはずだ。

油屋において銭婆は恐怖の象徴のような存在だが、それは湯婆婆がそう信じ込んでいるからであり、彼女の元で働く人々は一次情報に当たることができず、そう信じることしかできない。一方の千は別の情報源(ハク)を独自に持っていた。

生きる上で最善の行動を取るには、周囲に流されずに自分の使命を常に心のなかに留め、周りにはそのことを悟られずに密かに火を燃やし続けることだと思っている。そのためには社内外の立場を超えた正しい情報を得るためのルートを複数確保することが必要だ。千はハク以外にもある種のキーパーソンである釜爺をしっかりと抑えていたため、リン含め一般社員には実現不可能だった油屋を出るためのチケットを手にすることができた。

終盤では千はカオナシというアウトサイダーを招き入れたことへのケジメを付けるため、自ら単身(?)銭婆へ会いに行く。ミスを犯した人間は自分で自分のケツを拭く、当たり前の行為だが実行できる人間はそう多くない。彼女は最重要人物である湯婆婆に嫌われるリスクを取り、一方通行の沼の底へ向かう。そこでカオナシと円満に別れることに成功し、ハクの名前を思い出し、最終的にはおよそ関係者全ての人生を良い方向へ変え、湯婆婆の試練をも乗り越えた。すごすぎるぞ千尋

与えられた環境下でチャンスを掴み取り、通過儀礼を乗り越え、周囲の期待に十二分に応え、自分のケツは自分で拭き、関係者の信頼を得て目的を達成した彼女。入社時の研修でこの映画を見るべきだったとさえ思っている。昔はハクの態度の変化が納得できなかったが、今なら理解できる。

一度懐に入り込めば、窮地に陥ったときも立場を超えて救いの手を差し伸べてくれる存在の大切さよ。彼が千尋と別れた後どうなったかは知る由もないが、彼にとって千尋は命の恩人であり、生涯忘れることのできない存在だ。千尋にとってもハク(ニギハヤミコハクヌシ)は幼少時の命の恩人であり、それぞれ人と神ではあるが世が世なら結ばれるべき相手に違いない。

千と千尋の神隠しを見てよかった。劇場で観ることができて本当に幸運だった。30分かけて最寄りの映画館に飛び込み、ポップコーンとマンゴーサイダー片手に人も疎らな5番シアターへ向かったのは真に正しい選択だった。昔は摩訶不思議な世界に飛び込んだ少女が無事帰ってこれてよかった、程度の感想だったが、立場の変わった今改めて劇場で出会えてよかった。昔の感想を大切にしつつ、今の自分の置かれた状況に沿った役割を演じながら、真の目標を心の中に燃やしながら生きていきたい。

 

(追記)

登場人物いずれも契約に縛られて、各自思うところはあるものの自分の使命に忠実なのが素晴らしかった。職業人としてあるべき姿だと思った。

コロナ禍のファッションについて

1.髪型について

春先から髪を伸ばし続けていて、先月はパーマを当てたので髪型がすごいことになっている。伸ばし続けて後ろで括るのが目標だったが、後ろも十分に伸ばさないと括れないことに気づき、最近は目的もなく伸ばしている。前髪も側頭部の髪も顎に届くくらいになり、頭頂部で括ることはできる。いっそのこと後ろ全部刈り上げてしまおうかとも思ったが、一応会社員なので自制した。今後はモヒカン的な髪型にするか、この調子で冬まで伸ばし続けるか迷っているが、ここまで伸ばすのにだいぶ我慢したのであとちょっとだけ長髪を楽しみたい。

2.髭

マスクを装備しているため、飲むときと食べるとき以外は口元を外界に晒さずに済む。これ幸いと以前は顎髭を一月くらい伸ばしていたが、飽きてきたので全て剃り落とし、今は口髭を伸ばしている。しかしこの状態だとマスクを下ろせないのが辛い。デスクでお茶を飲むとき、ブラックサンダーを食べるときにも上司の目を盗むしかない。やっぱり口髭より顎髭を伸ばすようにしようと思った。

3.スキンケア

会社からコロナ乗り切ろうぜ見舞金が振り込まれたので、その足で化粧品を買いに行った。最近夏だからか肌の調子が悪く、課金して調子を上げていこうと思ったので、とりあえずは通勤圏内にあったAesopに足を運ぶことにした。店頭で顔面に塗りたくることはできなかったが、販売員さんに求めているものを伝え、複数候補を挙げてもらい、最適だと思われるものだけ買って帰った。ネットでとは異なり、インタラクティブコミュニケーションができるのが店舗の強みだとようやく気づいた。帰宅後試してみると確かに肌の調子がいい気がする。しばらく続けてみたい。

4.インナーのシャツ

ワイシャツの下に着るシャツの最適解はZOZOオリジナルのVネックシャツだった。6月末で販売は終了しているが、終了間際に1枚390円で大量に仕入れた。10回以上洗濯したが、撚れたり解れたりすることなく購入時の形状を保っていることに驚かされた。以前は春先にユニクロやフルーツオブザルームのシャツを購入して夏が終われば破棄していたが、ZOZOのシャツは品質面で決して見劣りしないばかりか、ユニクロ以上の着心地の良さと圧倒的な経済性がある。頼む再販してくれ。

 

5.時計

腕時計は嫌いなので身に付けず、部屋にも時計は置かない。

牡蠣と紫陽花

土曜は高槻を経由して京都の寺で紫陽花を撮ってきた。帰り際に寄った直売場で生しらすと牡蠣と鯵みたいなのを買った。ワクワクしながらキッチンで牡蠣を開けたら薄い皮の下で心臓が動いていた。生き物だと分かった途端食欲が失せ、ぼんやりしながら鯵しらす丼を食べた。後々思い返してオーブンで牡蠣を焼いたが、焼かれるのと噛まれるのどっちが嫌な死に方かなと考えながら寝た。

今日は昨日にもましてよく晴れており、トーストを食べてから洗濯物を干した。昼飯を終えてから、昨日買った青唐辛子の佃煮を作った。これからインドカレーを作ろうと思う。食材を大切に、感謝していただこうと思った。

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よく手入れされてた

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ギリギリ咲いててよかった……

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背景はボケればボケるほどよいと日本書紀にも書いてある